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2019年(令和元)年は、日本とブルガリアの「交流開始110周年」、「外交樹80周年」、「外交関係再開60周年」の【三つの周年】の年
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文 化 遺 産 7か所(指定年)        
ボヤナ教会 マダラの騎士像 イヴァノヴォの
岩 窟 聖 堂
古代都市
ネセバル
ブルガリア正教の
総本山・リラの僧院
スベシュタリの
トラキア人墓地

自 然 遺 産 2か所 (指定年)       

 1.ピリン国立公園(1983年) 2.スレバルナ自然保護区(1983年)     

世界文化遺産 3  カザンラックのトラキア人墳墓 (1979年10月に登録)

1.黄金品出土場所・トラキア古墳   1.「ブルガリア共和国に贈る広島紹介
絵画・書・版画等展」の表彰式
 
2.カザンラック市での活動  2.「ブルガリア共和国に贈る広島紹介
絵画・書・版画等展」への応募全作品
3.「よみがえる黄金文明展」オープニング  3.「よみがえる黄金文明展」の協賛活動
「ブルガリア共和国に贈る広島紹介絵画・書・版画等展」
4.「よみがえる黄金文明展」展示品
 黄金品出土場所・古代トラキア古墳群
世界遺産を保護している墳墓記念館

この記念館の中に世界遺産・トラキア人の墳墓がある

黄金のフィアラ杯

墳墓から出てきた黄金製品

 カザンラックのトラキアの墳墓は、ブルガリア中部の町カザンラック近郊のレンガ造りの丸天井型地下墳墓(カタコンベ)である。

 
古代には、トラキア人の首都・セウトポリス近郊にも位置していた。

 この墓地は、大規模なトラキア人共同墓地の一部をなしており、狭い回廊と丸い埋葬室とから成っている。この墓地は「紀元前4世紀」にまで遡るものであり、1979年には「ユネスコ」「世界遺産」にも登録された。

 回廊や埋葬室は、ともに慣例的な葬儀の宴におけるトラキア人夫婦を描いた壁画で飾られている。その壁画には素晴らしい馬が描かれていて目を惹くが、それ以上に座っている夫婦が互いの手首をつかみ、告別の身振りをしていることが印象的である(テンプレート内の画像参照)。

 この壁画は、「ヘレニズム時代」のブルガリア美術のなかで、最も保存状態の良い傑作である。

世界遺産指定の根拠となった丸天井壁画

当時の王の葬式や騎馬の図

       登録基準

 この世界遺産は「世界遺産登録基準」における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

  • (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
人一人が通れる細い入口

入口から前室を望む
(空気の循環配管が引かれている)
赤、青、白などで彩色された前室

墳墓の入口(手前)から、赤、青、白などで彩色された前室
 紀元前3世紀に建てられたカザンラクのトラキア人の墳墓はブルガリアのほぼ真ん中にあるカザンラク市の近郊にあり、トラキア人のロイゴスの地下型墳墓である。

 
この墓は、狭い回廊と丸い埋葬室とから成っている。回廊は二つの軍隊の戦いで、埋葬室は葬儀の宴におけるトラキア人夫婦を描いた壁画で飾られている。


 
壁画には、トランペットに似ている楽器で演奏している人や、ワインなどを運んでいる召使いの姿。

 
トラキア人は、馬をとても大切にしていたことが分かっているので、壁画に描かれた馬はおそらくそこで葬られたロイゴスの大好きな馬である。

 
壁画の中心を占めているのは、互いの手首をつかんだロイゴス夫婦の姿。永遠の別れの気持ちのこもったこの姿は印象的である。
 天井壁画は、4重に描かれている。天井の最上部には絵がなく、次の輪に騎馬隊の行進(騎馬戦?)。
 
3重目の輪にはトラキア時代の王の葬式儀式や笛の演奏などが描かれ、当時の文化様式を表している。
 
彩色は、紅色、青、茶色など、鮮やかな色彩が綺麗に残っている。
世界遺産となる有力な理由のフレスコ天井画

トラキア時代の結婚式か葬式の儀式のフレスコ画
真下から見たフレスコ天井画

トラキア時代の騎馬軍や女神、
ワインを運ぶ人などが描かれたいる

トラキア人墳墓からの出土品

 牛顔黄金リュトン=ワイン杯

杯を高く掲げて牛顔の口から
ワインを飲むようになっている
黄金製品


金の胸飾り
金のフィアラ杯
銀のリュトン

杯を高く掲げて人面天馬の口から
ワインを飲むようになっている
銀の器


銀のツボ


銀の器

 

銀の馬リュトン




銀貨

時の妃の顔の銀貨
青銅器製品

文化遺産(7か所)

1.ボヤナ教会(1979年10月)

2.マダラの騎士像(1979年10月)

3.カザンラックのトラキア人墳墓(1979年10月)

4.イヴァノヴォの岩窟聖堂(1979年10月)


5.古代都市・ネセバル(1983年12月)

6.ブルガリア正教の総本山・リラの僧院(1983年12月)

7.スベシュタリのトラキア人墓地(1985年12月)

自然遺産(2か所)
1.スレバルナの自然保護区(1983年12月)

 
2.ピリン国立公園(1983年12月)
 2004年の発見された「黄金マスク杯」
 紀元前5世紀ごろにブルガリアを治めていたトラキア人は、紀元前5世紀後半には世界最古と言われる王笏(おうしゃく)や指輪、腕輪などの金製品を作っていました。

 黄金マスクは2004年に、カザンラック市の郊外に造られた小さなトラキア人古墳の中から発見されたもので、エジプトのツタンカーメン王のマスク以来の大発見、と言われています。

 23.5カラットで純度も高く、627gもある黄金マスクは、世界で発見されたマスクの中で一番重いそうです。
 
この黄金マスクは、ワインを飲むための世界でも珍しい分厚い純金の杯、とも言われています。
 
目や鼻のほかに細かいしわや髭まで緻密に造られており、当時の技術の高さが伺えます。
紀元前5世紀ごろの黄金マスク杯

カザンラック市郊外のトラキア人墳墓から出土した黄金マスク杯

新発掘されたゴリャマ・コスマトカ墳墓(セフト3世墳墓)

 カザンラック市近郊の高原には、多くの古墳が点在していますが、その中で一番大きな古墳が2004年に発見され発掘・整備されました。

 その古墳は、
カザンラック市から北に12q、シプカ市から南へ1qの地にゴリャマ・コスマトカと呼ばれた盛り上がった小山の中造られていた墳墓で、「トラキアの王・セフト3世墳墓」と言われるものです。

 この墳墓は、5世紀後半に造られたもの、とされています。
国道側(入り口に反対側)から見た
トラキア王・セフト3世墳墓の全景


墳墓の前に埋設されていた「セフト3世のブロンズ頭部」
 トラキア王・セフト3世古墳は、幅やく15mの整備された参道を通って幅約10mの入口を入るようになっている。  墳墓への入り口は、かつてあったように長方形に削られた石積みで復元されている。
 入 口
 
整備された幅約15mの入口への参道
 
 一歩入ると、玄関の中央で、墳墓の正面前で発見されたセフト3世の精巧なブロンズ顔・頭部レプリカ、本物はカザンラック市・歴史博物館に展示)が出迎えてくれる。
 
左右の壁には、墳墓内で発掘された金製品や青銅製品などの写真が展示されている(本物はカザンラック市・歴史博物館に展示)。
墳墓前から発掘されたセフト3世ブロンズ頭部(中央)
    
発掘された金製品や青銅製品、ローズオイル入れ壷(左右の写真)
細 く 長 い 回 廊
  人一人がゆっうりと入れる入口を入ると、補強された細い参道・回廊7,8mが奥に向かって走っている。
 
次いでドアがあったのか区切りがあり、一段高くなった参道・回廊が3,4m位あり、前室につながっている。
 補 強 さ れ た 長 い 回 廊
回 廊 か ら 前 室 の 間 の 回 廊

最初の回廊より床が一段高くなり、天井は尖っている。
右写真は、前室から回廊を望む
大 理 石 板 開 き 戸 つ き 「丸 天 井 の 円 筒 前 室」
 前室の壁は、切り石でキチンと円筒形に積み上げられ、丸天井も切り石できれいに組み合わせられている。
さらに、回廊と前室の間には彫刻入り大理石板の開き扉が設けられている。当時の建造技術の高さが伺える。 
円 筒 の 前 室

前室から玄室・石棺室・埋葬室を望む
  前 室 の 丸 天 井


前 室 へ の 入 り 口 に は 扉

回廊と前室の間には大理石板の開き扉がある
巨 岩 を く り 貫 い た玄 室・埋 葬 室
 一番奥の玄室・埋葬室は、よく見ると1つの巨岩をくり貫て造られている。

 
屋根の部分は傾斜で石棺もきれいに削り取られ造られている。

 当時の石工技術の高さが
偲ばれる。

石棺室の大きな一枚岩の天井
  一番奥にある石棺室の石棺
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